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2009.07.10 (Fri)

詰将棋のくだらないルール

眠れぬ夜に詰将棋を解いていると、どうも詰将棋のルールが非常にくだらなくバカらしく思えてきたので、ちょっと愚痴を書く。単なる愚痴なので、噛み付いたりしないでね。

【More・・・】

詰将棋のルールの中に変化別詰(略して変別)はキズとはみなさない、という厄介なものがある。変化別詰というのは、正解手順(作意)とは異なる玉方(受け方)の応手に対して(変化手順と呼ばれる)は、通常は正解手順よりも短く詰むか同手数駒余り(略して変同)で詰むはずなのだが、その変化手順とはさらに異なる攻め方の着手によって詰ますような手順のことである。気分としては、変化手順中の余詰めといった感じだ。非常に困るのは、この変別手順が作意順とまったく同手数で駒が余らない場合と、作意手順よりも手数が長く駒が余らない場合だ。このとき正しい変化手順を探さないと変別手順が作意だと思い込んでしまう。

創作をしていると変別をキズにしていては作品が作れないというのは理解できるが、単に解くだけの立場からすると面倒この上ないルールである。こんなの不完全作にしてしまえ!出題なんかするな!といいたくなったりする。特になんかこうすっきりしないのは、変別がたくさんあり、しかも変同もあるような作品で、「でも割り切れている(つまり完全作だ)」というような問題である。正直言って、そういう問題を解いているとイライラしてくる。芸術的な作品ならいいけれど、ただの実戦形だとかそういう問題だとなおさらである。いえ、ただの愚痴ですからね・・・。

何でこんなにイライラしているのかというと、カルシウムが足りないせいと、やたらと湿度と気温が高いせいもあるのだが、8月号のサロンの<3>の答えがよく分からないからだ。自分の見落としがある可能性の方が高いのだが、とにかくどうやったって詰むのである。ところが玉方の応手が一つに決まらない。それで正解手順をただ一つに決めるためにうんうんと悩んでいるわけだ(もしかしたら出題に不備があるのかも知れないが)。もうなんだか変同だとか変別だとか、どうでもいいのである。あらゆる玉方の応手に対して詰ます手順を見つければそれで合格じゃないかと思うのだ。正解手順を一つに決めるためのルールを作ってすっきりさせようとして、その実すっきりしない人はきっと私だけではないはず、と思うのだけど、私だけかも知れない。

とりあえず、私は詰将棋のルールは無視することに決めた。詰めば(自分の中では)よいということにする。まあ、とりあえず寝よう・・・。
04:30  |  未分類  |  TB(0)  |  CM(4)  |  EDIT  |  Top↑

*Comment

■詰将棋

詰将棋は、学生の頃によく作りました。
詰将棋を作品とするなら、変長は、満足できない作品になりました。
コンピューターをうならせるような詰将棋を作りたいですね。
keme |  2009.07.10(金) 12:41 |  URL |  【コメント編集】

■変長

最近は変長は特別な場合を除けば容認しない方向みたいですね。そういえば、塚田先生の詰将棋集には変長の問題が何問かあったので、違和感を覚えた記憶があります。

個人的には、変別もなく、変化はすべて作意より短く詰んで欲しいという願望があります。それなら変化読みの煩わしさからだいぶ開放されるのかなあ、と。

あともっと昔のおおらかな時代のように、“妙手の入っている手順が本手順”でもいいんじゃないかなと思ったりもします。解答を書いて、○か×か、ってやることがそもそもこういう面倒な決まりごとを作らないといけないきっかけになっているような気もしますね~。これは変別の手順だから不正解、とか言われても、なんだかな~、とか思ってしまいます。

コンピュータもなかなか解けないような問題は、ちょっと難しそうですね~。難解な裸玉とか結構時間かかったりするのかなあ、とか思いますが。ちなみにソフトは結構実戦の長手数の詰みは苦手だったりします。変化、余詰めが実戦詰将棋にはつき物なので、それで詰む、詰まないが判断しづらいんでしょうか。
adinat0801 |  2009.07.10(金) 20:55 |  URL |  【コメント編集】

■ねがい

「昔のおおらかな時代のように、“妙手の入っている手順が本手順”でもいいんじゃないかな」

同感です。もっというと、不詰でなければよい、駒余り手順が作意であってもよいとさえ思います。(解答選手権用の問題は別として)

いわゆる詰将棋作家たちだけでなく、もっとおおぜいの人が問題を作り、おたがい鑑賞しあうようになってほしい。
ひょっとすると将来、創作ルールが先祖返りして「変同や変長がヤリ玉にあげられる暗黒時代があった」といわれるかもしれませんね。
不透明人間 |  2009.07.11(土) 06:32 |  URL |  【コメント編集】

■正解、不正解

詰将棋って多くの雑誌で懸賞がかかっていることが多くて、そうなると正解をひとつに決めておかないと煩わしい、そういうことも一因なのでしょうか。

大道詰将棋とか、対戦詰将棋のように、確かに玉方の応手に対してただ詰ませばよい、というようなルールもシンプルでいいですよね。余詰め歓迎。ただし、駒余りなし、余詰めなしが綺麗な作品として価値があがる、ぐらいの位置づけのほうがいいのかな、などとも感じます。

不透明人間さんのおっしゃることはよく分かる気がします。現行の詰将棋のルール解く方でもややこしいから、作るほうはなおさらハードルが高いですね。
adinat0801 |  2009.07.11(土) 22:36 |  URL |  【コメント編集】

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